認知症と診断された母の記録

2014年に認知症(初期)と診断された母。遅まきながらその症状等を2017年夏より備忘録として綴っていこうと思います。既に過ぎ去った過去のあれこれについても思い出したときに追記していきたいと思います。

母と愛知県へ

昨年の大晦日に他界した祖母(母の母)に線香をあげにくため母を連れて愛知県へ。

その足で名古屋市港区の叔母(母の姉)の家にもよる。

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朝8時前、母邸へ。

本人が10年は洗っていないと言うコートを着て出かけようとするので、それ着ていくなら連れて行かないと言って着替えさせる。(何故だか母は下着靴下以外は殆ど選択しない。頑なにしないのだ。困ったものだ。)

 

途中一つだけサービスエリアに寄って叔母さんとの待ち合わせ場所である愛知県の尾張一宮駅には11時前に到着した。叔母さんに電話すると名古屋駅で電車待ち中で10分後には到着するとのこと。10分後叔母さんと従姉のMちゃん到着。二人も乗せて祖母ちゃんのお骨がある長男家族の家へ向かう。

気を使わせてはいけないとの叔母さんの配慮で我々は途中のガストで昼食を採ってから訪問した。

全員でお祖母ちゃんに手を合わせ、生前のビデオを見ながら皆で懐かしんだ。未だに祖母ちゃんが他界したことが信じられないでいる自分がいるのだが、、、

 

祖母ちゃん安らかにね。

 

(何故だか従弟の娘に縄跳び、かけっこをやらされたっ!)

 

その後、名古屋市港区にある叔母さんの家に。

実は2年前の4月17日に叔母さんの長女(私の従姉の一人)ががんとの長い闘病生活の末他界していた。この時も葬儀に参列できず初めての焼香となった。手を合せながら思い出を浮かべなら暫くの間彼女と語った(つもり)。

 

その後、叔母さん、叔母さんの次女、母、私で小一時間雑談しながらいろんな思い出話をした。

叔母さんは母の認知症のことが心配のようだったが、母も同席しているのでその件でお互い話すことはできなかった。

 

夕方5時に名古屋を出て8時前には母を送り届けてレンタカーを返却して帰宅。